名古屋地方裁判所 昭和62年(ワ)342号 判決 1993年1月25日
原告
神野道夫
右訴訟代理人弁護士
浦部和子
同
伊東富士丸
同
河上幸生
同
葛西栄二
被告
名古屋市植田中央土地区画整理組合
右代表者組合長
高木富義
右訴訟代理人弁護士
田嶋好博
同
尾関孝英
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は原告に対し、金一一一七万二〇〇〇円及びこれに対する昭和六二年二月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 (当事者)
(一) 原告、訴外神野幹子、同神野銘子及び同神野明の四名は、別紙物件目録記載一の土地(以下「本件従前地」という。)を含む分筆前の名古屋市天白区大字植田字三郎廻間一番二四・山林一一七六平方メートルの土地(以下「旧土地」という。)を共有していた。
右土地は、昭和六〇年一一月一日に本件従前地他二筆の土地に分筆された上、共有物分割により、同年一一月三日、原告が本件従前地を単独所有することとなった。
(二) 被告は、昭和四九年五月一七日に旧土地を含む天白町大字植田地区内の一部区域を施行地区として、名古屋市長から設立認可を受けて成立した土地区画整理組合である。
2 (本件仮換地の取得)
(一) 被告は、昭和六〇年五月二七日、原告ら四名の共有にかかる前記分筆前の旧土地に対する仮換地として、別紙物件目録記載二の土地(以下「本件仮換地」という。)を含む第二九九ブロックの地番一の土地734.55平方メートルを指定する旨の通知を右原告らになし、その効力発生日を同年六月一〇日とし、仮換地の使用収益開始日を同年一一月一日とした。
(二) ところで、被告は、その後、原告他三名より、土地分筆承認願が提出されたため、これを承認し、原告に対しては本件仮換地を分筆された本件従前地の仮換地として指定し、原告は、その結果、本件仮換地を宅地として使用収益する権限を取得するに至った。
なお、本件従前地と本件仮換地の位置関係は別紙図面(一)のとおりであり、青色で囲まれた部分が分筆前の旧土地、赤色で囲まれた部分が本件仮換地である。
3 (本件仮換地の欠陥)
(一) 原告は、昭和六一年八月三〇日、本件仮換地上に居宅を建築するため、訴外殖産住宅相互株式会社(以下「殖産住宅」という。)と新築請負仮契約を締結した。
(二) ところで、原告は、右仮契約と同時に本件仮換地の地盤調査を訴外株式会社東海地質コンサルタント(以下「東海地質」という。)に依頼したのであるが、右訴外会社による本件仮換地のボーリング及び標準貫入試験の結果の報告(以下「調査報告」という。)により、昭和六一年九月五日に至って、以下の事実が判明した。
(1) 本件仮換地は、盛土の厚さが約9.5メートルあり、いわゆるN値(標準貫入試験における貫入抵抗を示す値)は一から六(平均2.8)であって、その地耐力は平方メートル当たり二トンしかない。
(2) 右盛土は、不均質な砂質シルト(粘性土)を主体とし、細砂も多く混入している。
(3) 右(1)、(2)の事実から、本件仮換地の地盤は軟弱で、支持地盤として不適切である。
(三) さらに、昭和六一年一二月一五日決定の証拠保全手続での本件仮換地の鑑定結果(以下「鑑定結果」という。)によっても、以下の事実が判明した。
(1) 本件仮換地は、盛土の厚さが約9.5メートルあり、N値は一から七(平均4.2)で、その地耐力は平方メートル当たり二トンしかない。
(2) 右盛土は、塊状粘土が混入した粘性土が主体となっている。
(3) 盛土地盤の地耐力に関してN値の信頼度は極めて低いが、長期許容地耐力(極限の地耐力を安全率Fで除した値で、通常Fは1.5から3である。)は、本件仮換地の盛土をN値が四以下の粘土質地盤とみなせば、平方メートル当たり二トンとなり、支持地盤として不適切である。
また、盛土に用いられた粘性土は、スレーキング現象(水により岩砕が軟化して崩壊する現象)を起こしやすく、一般には施工後の地下水の変動や時間の経過により、長期にわたって細粒化して圧密沈下等が生じる場合もあると考えられるが、本件仮換地の場合、現状のままなのか変化していくものなのかは判然としない。
(四) そこで、原告は、右(二)(三)の事実からこのまま居宅を建築することは相当でないと考え、殖産住宅との前記仮契約を解約し、改めて、平成元年一〇月八日、安全な地盤にまで掘り下げての強固な基礎工事を行なった上、木造二階建居宅を建築することとし、訴外株式会社愛知との間でその旨の建築請負契約を締結した。
4 (違法な公権力の行使)
(一) 被告は、その職務である土地区画整理事業を行うについて、
(1) 宅地造成工事においては、事前に地形・地質を調査し、工事に際しては、樹木、腐食土、木根を除去した上、安全な基礎基盤の切込みを行い、更に、完全な盛土とその転圧(ローラー等で締固めること)を実施し、もって、宅地としての使用に耐えうる地盤を造成し、
(2) かつ、右のような造成を経た宅地を仮換地として指定すべき
注意義務を負担していた。
そして右にいう宅地としての使用に耐えうる地盤であるかどうかは、土木工学上の観点から判断されるべきではなく、土地区画整理における照応の原則に違反する程度の土地の欠陥であるか否かの観点から判断されるべきである。
(二) しかるに、前示のとおり、本件仮換地のN値は、本件従前地のN値(一一以上五〇程度)に比較して極端に低くその土質も、本件従前地のそれが堅い粘土であるのに対して、土塊が不規則に混在する砂質粘性土であり、この点だけでも照応の原則に反している。また、本件仮換地の属するブロックの東側上段では盛土の厚さが一メートルにすぎないのに、本件仮換地の場合は8.54メートルもあり、他の権利者と比較しても照応の原則に反している。そのほか前示のとおり、地耐力不足や圧密沈下のおそれの外にも、不同沈下、水浸沈下や液状化現象のおそれもある。
以上により明らかなとおり、被告は原告に対し、宅地としての使用に耐えられない本件仮換地を本件従前地に対する仮換地として指定し、もって、土地区画整理法八九条所定の「照応の原則」に違反する仮換地指定を行った。
5 (損害)
(一) 前示のような本件仮換地の欠陥から、同仮換地上に自宅を建てるには、同仮換地の盛土を二メートル削って西側道路と同じ高さにし、パイルを打込む等の軟弱地盤対策をしてから建築しなければならず、前記3(四)記載の契約では通常の木造二階建居宅の建築に比べ、余分に費用がかかった。その内訳は以下のとおりである。
(1) 基礎工事費二万一八四〇円
通常よりも、幅、厚み、高さ等の点で異なる基礎を必要としたために余分にかかった費用である。
(2) パイル工事費一五四万八五五〇円
軟弱地盤対策として必要となった。
(3) 擁壁等の工事費二〇二万一三六四円
盛土を二メートル除去した費用と通常よりもコンクリートを厚くするために床下防湿コンクリートを用いた費用である。
(4) 目隠し壁の工事費九万四三五〇円
隣地よりも二メートル低くなったことから必要となった。
(二) 殖産住宅との仮契約解約に際しての違約金三七万二五〇〇円
(三) 眺望権侵害に対する慰謝料二〇〇万円
隣地よりも低くなったことや眺望が失われたことによる不快感に対する慰謝料である。
(四) 工事遅延に基づく高騰費用相当損害金五〇〇万円
工事開始まで二年が経過し、その間に建築費用が高騰したため、五〇〇万円相当の余分の建築費用を要した。
(五) 弁護士費用八〇万円
(六) 右(一)から(五)の合計は、一一八五万八六〇四円となる。
6 よって、原告は被告に対し、国家賠償法一条に基づき、土地区画整理法八九条所定の「照応の原則」違反によって原告の被った損害合計一一八五万八六〇四円のうち一一一七万二〇〇〇円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和六二年二月一一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の各事実のうち、本件従前地が共有物分割により原告の単独所有になった経過は知らないが、その余の事実は認める。
2 同2の各事実は認める。
3(一) 同3(一)の事実は不知。
(二) 同3(二)の各事実のうち、(3)は争い、その余は不知。
(三) 同3(三)の各事実のうち、主張の頃に証拠保全手続による鑑定が行われたことは認めるが、(1)、(2)の事実は不知、(3)は争う。
(四) 同3(四)の事実は不知。
4 同4の各事実のうち、本件仮換地の盛土の厚さが8.54メートルである点は認めるが、その余は不知ないしは争う。
5 同5の事実は全て不知。
三 被告の反論
1 (宅地造成の経過)
(一) 昭和五〇年八月一二日、被告は名古屋市長から宅地造成に関する工事の許可を受けた。
(二)(1) 昭和五三年三月二四日、本件仮換地を含む第四工区の造成工事が開始された。
(2) 昭和五三年一二月六日、第一回出来高検査が行われたが、この段階で右工事区域内の樹木、木根の除去や集水パイプの埋設工事は既に完了し、切土・盛土等の整地工事が開始されていた。右整地工事に当たっては、本件仮換地の西方約三五〇メートルの丘陵地帯からキャリオールスクレーバーによって約三万〇九五四立方メートルの土砂が運ばれた。
(3) 昭和五四年四月二四日、第二回出来高検査が行われたが、この頃には前記の整地工事は既に九割が完了しており、右整地工事に際しても前記丘陵地帯から前同様の方法によって約七七三八立方メートルの土砂が運ばれた。
(4) 昭和五四年一一月二〇日、第三回出来高検査が行われたのであるが、前記の整地工事と法面緑化工事は、このときまでに一部を除いて完了していた。右整地工事に当たっては、本件仮換地から東方約五〇メートルの場所からブルドーザーによって約四九一八立方メートルの土砂が運ばれた。
(5) その後、上下水道管、ガス管の埋設工事や道路舗装工事を施行し、昭和六〇年八月三〇日に前記第四工区の造成工事は完了した。
2 (宅地地盤としての適切性その一 地耐力)
(一) 東海地質の調査報告は、N値が一から六(平均2.8)であることから、短絡的に本件仮換地の支持層としての適否を判断しており、詳しい説明もなく、杜撰な調査報告というべきである。
(二) 鑑定結果は、そのボーリング調査地点が、東海地質のそれよりも南西に2.5メートル離れているにすぎないにもかかわらず、N値は一から七(平均4.2)であり、盛土も、塊状粘土を混入した粘性土が主体となっているとしており、調査報告と大きな食い違いがあること自体が理解に苦しむところであるが、右N値と土質から短絡的に本件仮換地の支持層としての適否を判断している点では調査報告と同様の問題がある。
(三) 一般に自然地層の場合、粘土の一軸圧縮強度(gu)土の供試体に圧力を加えた時に求まる破壊強度)とN値の関係は、
gu=1.25N(t/m)
であり、粘土地盤の長期許容地耐力(ga)は、安全率を三として、
ga=gu=1.25N(t/m)
となる(テルツァーギ・ペックの公式)。
本件仮換地に右の公式を適用して長期許容地耐力を求めると、東海地質の平均N値2.8ならば、平方メートル当たり3.5トン、鑑定結果の平均N値4.2ならば、平方メートル当たり5.25トンとなる。
これに対し木造二階建住宅の一平方メートル当たりの重量は、最大で0.9トンであるから、右のいずれの長期許容地耐力であっても、本件仮換地は、原告が建築しようとしていた木造二階建住宅の支持地盤として十分な地耐力を持っていることになる。
(四) これに対し原告の建築した木造二階建居宅の最大接地圧は本件仮換地上に布基礎を用いた場合でも平方メートル当たり3.193トン(最大鉛直荷重2.382トン毎平方メートル、基礎とその上に載せられる土の重量0.811トン毎平方メートル)であるから、やはり右のいずれの長期許容地耐力であっても、本件仮換地は、原告の居宅の支持地盤として十分な地耐力を持っていることになる。
3 (宅地地盤としての適切性その二 圧密沈下等)
(一) 人工的な造成地盤については、2(三)に記載したテルツァーギ・ペックの公式はそのまま当てはまらず、N値のみによる地盤の地耐力評価には慎重でなければならない。
(二) しかし、本件仮換地の場合、別紙図面(二)中の西側縦断面図のように盛土自体が荷重となっているところ、その一平方メートル当たりの重量は、粘性土の比重を立方センチメートル当たり1.7グラムとすると、
1.7(t/m2)×(40.54−38.5)=3.5(t/m2)
となり、仮に原告の主張するように、本件仮換地の地耐力が平方メートル当たり二トンしかないとすれば、造成終了後原告の居宅建築仮契約まで六年も経過しているのであるから、円弧廻り(地表の一部が陥没して円弧状に窪んでしまうこと)や圧密沈下を起こすはずであるが、仮換地指定通知後に附近の舗装やU字溝の変形等の、これらの現象を裏付ける事実は全く報告されておらず、圧密沈下は1記載の造成工事終了時には終了していたものと推定することができる。
(三) したがって、圧密沈下の問題も生じない。
(四) また、不同沈下、水浸沈下や液状化現象は、原告の主張自体そのおそれを抽象的に指摘するのみで事実の主張とはいえない。
四 原告の再反論
1 被告の反論1の事実は不知。
2 同2は争う。
テルツァーギ・ペックの公式は、精度が低く、特に本件のような砂質粘土等には当てはまらないから、これを一般的なものとして地耐力を算定するのは誤りである。
3 同3のうち、(一)は認め、その余は争う。
原告居宅の附近では、舗装やU字溝に変形が生じている。
第三 証拠 <省略>
理由
第一争いのない事実
以下の事実及び知見は当事者間に争いがない。
一1 原告は本件従前地を所有している。
2 被告は、昭和四九年五月一七日に、本件従前地を含む名古屋市天白区天白町大字植田地区内の一部区域を施行地区として、名古屋市長から設立認可を受けて成立した土地区画整理組合である。
二1 被告は、昭和六〇年五月二七日、本件仮換地を含む第二九九ブロックの地番一の土地724.55平方メートルを分筆前の本件従前地を含む旧土地の仮換地として指定する旨の通知をし、同年六月一〇日にその効力が生じた。なお、本件仮換地の使用収益開始日を同年一一月一日とした。
2 旧土地は、公簿上一一七六平方メートルの地積を有し、原告他三名の共有であったが、昭和六〇年一一月一日に本件従前地、他二筆の土地に分筆された上、原告らから被告に対し、その後、分筆承認願が提出されたため、被告は、これを承認し、原告に対して本件仮換地を本件従前地の仮換地に指定した。
3 原告は、右1、2の結果本件仮換地を宅地として使用収益する権限を取得した。なお、本件従前地と本件仮換地の位置関係は別紙図面(一)のとおりで、青色で囲まれた部分が旧土地、赤色で囲まれた部分が本件仮換地である。
三昭和六一年一二月一五日に決定の証拠保全手続で本件仮換地の鑑定がなされた。
四本件仮換地における盛土の厚さは8.54メートルである。
五人工的な造成地盤については、テルツァーギ・ペックの公式はそのまま当てはまらず、N値のみによる地盤の地耐力評価には慎重でなければならない。
第二認定事実
(以下、成立に争いのない書証、原本の存在及び成立に争いのない書証並びに弁論の全趣旨により真正な成立の認められる書証については、いずれもその旨の記載を省略する。)
一前示当事者間に争いのない事実及び知見、<書証番号略>、鑑定人園部四郎の鑑定、証人園部四郎、同石塚隆徳(第一、二回)、同松浦和雄、原告本人(ただし、後記採用することのできない部分を除く。)並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認めることができる。
1 本件仮換地の造成工事
(一) 被告は、昭和四九年五月一七日に、本件従前地を含む名古屋市天白区天白町大字植田地区内の一部区域を施行地区として名古屋市長から設立認可を受けて成立した土地区画整理組合であり、昭和五〇年八月一二日、名古屋市長から宅地造成工事の許可を受け、昭和五三年三月二四日、本件仮換地を含む第四工区の造成工事を開始した。
なお、本件仮換地の属する第二九九ブロックの西にはもと溜池があった。
(二) 右工事では、まず本件仮換地の下に内径二〇〇ミリメートルの集水管が二本埋設され、これに続いて、切土・盛土等の整地工事が開始された。右整地工事に当たっては、本件仮換地から西方約三五〇メートルの丘陵地帯からキャリオールスクレーバーによって新生代第三紀鮮新世矢田川累層の土砂の運搬土工が行われた。右累層は粘性土質を主体とするが、砂、砂礫が混在し、亜炭層、火山灰層もところによって挾在しており、運ばれた土砂も粘性土を主体とするものであったが、前記溜池のヘドロや軟かい土は使用されていない。また、特別にローラーによる転圧作業はされなかったが、総重量二〇トンあまりのキャリオールスクレーバー等の自重によって転圧がなされた。整地工事は昭和五四年一一月にはほぼ完了し、本件仮換地の場所の盛土の厚さは、最大で8.54メートルであった。
2 原告の本件仮換地取得及び居宅建築契約
(一) 本件従前地の分筆前の旧土地は、もと公簿上一一七六平方メートルの地積を有し、原告、神野幹子、神野銘子及び神野明の共有土地であったが、昭和六〇年五月二七日、被告より、右土地に対する仮換地として、本件仮換地を含む第二九九ブロックの地番一の土地734.55平方メートルを指定する旨の通知を受け、その効力の発生時期は同年六月一〇日であり、使用収益の開始日は同年一一月一日であるとのことであった。
(二) 原告は、昭和六〇年一一月三日、前記旧土地の共有物分割により、本件従前地を単独所有することとなり、被告による土地分筆承認の結果、改めて被告より本件従前地の仮換地として本件仮換地の指定を受けた。
(三) 原告は、右(一)、(二)の結果、本件仮換地を宅地として使用収益する権限を取得した。なお、本件従前地と本件仮換地の位置関係は別紙図面(一)のとおりで、青色で囲まれた部分が本件従前地を分筆する前の旧土地、赤色で囲まれた部分が本件仮換地である。
(四) 原告は、昭和六一年八月三〇日、本件仮換地上に居宅を建築するため、殖産住宅と新築請負仮契約を締結した。
(五) しかるに原告は、平成元年一〇月八日、前記仮契約を解約し、改めて株式会社愛知との間で木造二階建居宅の建築請負契約を締結し直し、これを建築した。
3 本件仮換地の地質調査
(一) 原告は、昭和六〇年八月三〇日、本件仮換地の地質調査を東海地質に依頼し、昭和六一年九月五日に本件仮換地のボーリング及び標準貫入試験が行われた結果、以下の事実が判明した。
(1) 本件仮換地は、盛土の厚さが約9.5メートルあり、その部分のN値(標準貫入試験における貫入抵抗を示す値。本件では土中垂直方向に器具を三〇センチメートル打込むのに必要な打撃回数で表示されている。)は一から六(平均2.8)である。ただし、N値が一となったのは地下3.15メートルから3.45メートルの部分、同8.15メートルから8.55メートル及び9.15メートルから9.50メートルの部分だけで、それ以外の部分のN値は、最低でも三以上で、最高が地下2.15メートルから2.45メートルの部分の六である。
(2) 右盛土部分の土質は、砂質シルトを主体とし、細砂を多く混入している(ただし、地下9.5メートルまでの土質を一括して右のように説明している。)。
(二) さらに、昭和六一年一二月一五日に決定の証拠保全手続で行った本件仮換地の鑑定結果により、以下の事実が判明した。
(1) 本件仮換地は、盛土の厚さが約9.5メートルあり、N値は一から七(平均4.2)である。ただし、N値が一となったのは地下9.00メートルから9.50メートルの部分だけで、地下8.51メートルまでのN値は、最低三以上で、最高が同1.15メートルから1.45メートルの部分の七であり、大部分では四か五である。
(2) 右盛土の土質は、矢田川累層の硬い粘性土と細かく砕けた粘性土が乱雑に混合した不均質なもので、砂質粘土・粘性土が主体となっている。
4 造成地盤に関する知見
(一) 地耐力について
(1) 一般に自然地層の場合、シルト質粘土の一軸圧縮強度(gu)とN値の関係は、
gu=1.25N(t/m2)
であり、シルト質粘土地盤の長期許容地耐力(ga)(地盤の破壊に対し十分な安全性を有し、かつ、有害な沈下を生じない直接基礎の接地圧力の限度値である許容地耐力のうち、建物の重量のように長期間作用する荷重のみを対象として定められるもの)は、安全率を三として、
ga=gu=1.25N(t/m2)
となる(テルツァーギ・ペックの公式)。しかし、砂質粘土においては右公式を適用することはできないとする報告も存在する。
(2) そして人工的な造成地盤については、右テルツァーギ・ペックの公式はそのまま当てはまらず、N値のみによる地盤の支持力評価には慎重でなければならない。
(3) ただし、小規模建築物の場合、自重による過大な圧密沈下が生じるおそれが小さいから、粘性土を主体とする造成地盤の長期許容地耐力は、N値が二から四の場合、少なくとも平方メートル当たり三トンと考えてよい(この場合の安全率は、短期地耐力が長期許容地耐力の1.5から2倍とみてよいとされているから、最低でも1.5と考えられる。)。木造建築物の地盤の長期許容地耐力が平方メートル当たり三トン以上であれば、建築物の基礎は布基礎で足りると考えられる。
(二) 水浸沈下について
粘性土が盛土に用いられた場合には、スレーキング現象(水により岩砕が軟化して崩壊する現象)を起こしていわゆる水浸沈下が生じる場合もあるが、このような水浸沈下は、造成地上に造成直後に家を建築した場合に急激な沈下の生じるケースが殆どである。
(三) 圧密沈下について
そのほか、盛土地盤中にある間隙水を含んだ軟弱で透水性の小さな粘性土層に荷重が加わると、徐々に排水が行なわれるため、長時間沈下が続き、結果として大きな沈下に至るといういわゆる圧密沈下を生じる場合もあるが、一般には盛土を数年間放置してから建築にかかれば問題になることはない。
二本件仮換地付近の状況
1 <書証番号略>、弁論の全趣旨によれば、本件仮換地を含む前示1(一)の第四工区は、現在造成が完成して、一部国道や公園を備えた数十余りの宅地区画となっており(本件仮換地が含まれる第二九九ブロックは、このような区画の一つである)、これらの宅地区画には、相当数の居宅等の建物が建築されるに至っている。
2 これに関して、原告は、①現在本件仮換地上の建物のしっくい壁にひびが入ったり、車庫の土間の下が空洞になったりしているほか、②本件仮換地に隣接する道路が沈下し、再舗装が必要になっている等として、右造成部分に各種の沈下等の現象が生じているかのような趣旨を供述しているが、これを裏付ける写真等の客観的証拠が提出されず、直ちにこれを採用することができない。
また<書証番号略>、原告本人によれば、第二九九ブロック内の本件仮換地に隣接する宅地上に建物を建築するに当たり、三ないし四メートル程度のパイルを打ち込んでいる事例のあることが認められるが、パイル打ちに至った経過が不明であり、このことから直ちに本件仮換地付近で建物建築に有害な沈下等が生じているということはできず、他にそのような沈下の事実を認めるに足りる証拠はない。
三本件仮換地にかかる荷重
1 <書証番号略>、証人松浦和雄によれば、原告が株式会社愛知に請け負わせて建築した本件仮換地上の前示の木造二階建居宅につき、同居宅が地盤に加える荷重を試算すると、原告が採用した杭基礎ではなく、一般的な布基礎を使用した場合でも、一部の柱の直下で平方メートル当り3.264トンとなるのが最大値であると認められる。
2 右認定に対し、原告は、右建物が特に軽量設計に意を用いているかのごとき供述をするが、これを裏付けるだけの証拠がない。
また、原告は、右布基礎使用の場合の計算が種々の仮定に基づいており、右試算は被告に有利に数値を操作している旨批判するが、右計算は原告から提出された数値を基礎にし、直接に数値の判明しない箇所には一般に公刊されている数値の中から原告に有利な数値を使って、一般に使用されている計算式で計算をしており、右批判はいずれも当らない。
第三当裁判所の判断
一宅地としての適否
1 地耐力(長期許容地耐力)について
(一) 原告は、本件仮換地の地耐力不足を主張し、①<書証番号略>には、前示第二、一3(一)(1)(2)のN値や土質等を前提として、本件仮換地が支持層として不適当である旨の記載があり、また②鑑定の結果中には、前示第二、一3(二)(1)(2)のN値や土質等を前提として、本件仮換地を鑑定書記載表4(<書証番号略>)に当てはめて、これをN値が四以下の粘土質地盤とみなせば、長期許容地耐力は、平方メートル当たり二トン以下となり、支持地盤として不適当となる旨の記載がある。
しかしながら、まず右①の記載については、<書証番号略>には、このような結論の導かれる根拠、過程がなんら明らかにされていないから、その判断の正当性を直ちに肯定することができず、これを採用することができない。
また、右②の記載に対しては、<書証番号略>によれば、前示鑑定が本件仮換地に当てはめた右表4は、中規模建物(鉄筋コンクリート造ないしは鉄骨造などで、概ね五階建程度までのもの)に適用すべき表であって、本件のような木造住宅等の小規模建物の敷地には、必ずしも妥当しないことが認められるのであるから、右事実に照らし、直ちに右記載を採用することができない。
(二)(1) したがって、右によれば、原告に有利な各証拠はいずれも採用できず、他に本件仮換地の長期許容地耐力が木造住宅の敷地として不足している事実を直接示す証拠はないが、なお以下念のため、前示第二、一3のとおり判明している本件仮換地のN値や土質から、その地耐力不足を認定できるかについて検討する。
(2) 前示第二、一3のとおり、本件仮換地のうち被告造成の盛土層のN値は、一部値の低い部分を除くと、大部分で最低三以上であるところ、前示第二、一4(一)(1)認定の事実からすれば、仮に、本件仮換地のN値として、右の三という値を採用し(N値の低い部分の問題については、後示のとおり)、その土質を自然地層のシルト質粘土とみなして、その地耐力を算定した場合、同記載のテルツァーギ・ペックの公式をそのまま当てはめることができるから、その長期許容地耐力は、安全率を三と多めにとっても、次のとおり平方メートル当たり3.75トンとなる。
3×1.25=3.75
これに対し、原告が本件仮換地上に建築した木造二階建居宅による地盤への荷重は、前示第二、三1認定のとおり、最大でも平方メートル当たり3.264トンと試算されるのであるから、この計算では、同居宅の建築により直ちに本件仮換地の盛土層が崩壊するとは結論できないこととなる。
実際には、前示第二、一4(一)(1)認定のとおり、自然地層であっても土質が砂質粘土である場合(鑑定の結果によれば、本件盛土中にも一部砂質粘土部分が含まれている)や本件のような人工的な造成地盤については、前示のとおり、右テルツァーギ・ペックの公式がそのまま当てはまるかは疑問といわなければならないが、だからといって、これらの土質の場合に、その長期許容地耐力を直ちに正確に計算できるだけの資料はないし、また、これが自然地層のシルト質粘土の場合より大幅に低下すると認めるに足りるだけの証拠もないのだから、この方法から、本件仮換地の長期許容地耐力が、前示居宅による地盤への最大荷重が平方メートル当たり3.264トンを下回る等のため、地盤が沈下するとは結論できない。
(三)(1) そして、①右(二)(2)のとおり、本件盛土層のN値は、大部分で最低三以上であり、②前示第二、一4(一)(3)のとおり、小規模建築物の場合、粘性土を主体とする造成地盤の長期許容地耐力は、N値が二から四の場合、少なくとも平方メートル当たり三トン以上と考えられるが、これは相当の安全率を見込んだ数値であるから、これが前示第二、三1で推計される最大荷重を若干下回るからといって、直ちに本件仮換地が居宅の荷重により沈下するとは言えないし、③前示第二、一1(二)のとおり、本件仮換地の地盤は造成に際して一定の転圧がなされており、④前示第二、二のとおり、本件仮換地付近の造成地盤に建物建築に有害な地盤沈下等が生じている等とは、直ちに認められないことも考え併せれば、本件仮換地が原告の居宅の支持地盤として十分な地耐力を有していないという証明はなされていないといわざるをえない。
(2) これに対し、原告は、本件仮換地の盛土にはN値が一の部分があることをもって地耐力が不足すると主張するが、前示第二、一3(一)(二)のとおり、N値が一の部分のほとんどは地下約八メートル以下の部分であるところ、証人園部四郎、同石塚隆徳(第一、二回)、同松浦和雄の各証言に照らすと、木造居宅の荷重が、右のような深部に及んで、地盤沈下や崩壊を引起すかは疑問といわねばならないから、右主張も直ちに採用できない。
更に、<書証番号略>によれば前示第二、一3(一)のとおり、地下3.15メートルから3.45メートルにもN値が一の部分が発見されているが、他方、鑑定の結果では、同一深度の盛土部分のN値は五であり、この事実及び前示第二、一3(一)(二)のとおり、地下約八メートルまでの他の層のN値が最低でも三である事実に照らすと、右N値一の盛土部分が、本件仮換地の盛土層中に広く分布しているとは考えがたいから、やはり前示(1)の結論を左右するものではない。
2 圧密沈下のおそれについて
前示第二、一4(三)のとおり、圧密沈下は、間隙水を含んだ軟弱で透水性の小さな粘性土質に荷重が加わることによって発生するものであるところ、原告は、本件仮換地の盛土全体が、問題の圧密層であると主張するが、本件全証拠によっても、盛土層全部が右のような性質を持つと認めることはできない(たとえば、本件盛土は粘性土が不均質に混合した状態であるから、全体の透水性がそれほど小さいかは疑問である)。
そして、<書証番号略>、証人石塚隆徳(第一、二回)によれば、鑑定の結果を前提として、仮に、本件仮換地の8.5メートルから9.5メートルまでの部分に問題の圧密層があると仮定して、圧密沈下の沈下量とその所要時間を試算すると、圧密沈下は、整地の終了後一年以内にほぼ終了したとの結果も得られているから、前示第二、二2のとおり、本件仮換地の付近で圧密沈下が発生しているとも認められないことも併せ考えると、本件仮換地の圧密沈下のおそれは証明されていないといわざるをえない。
3 水浸沈下・不同沈下のおそれについて
原告は水浸沈下・不同沈下のおそれを主張し、<書証番号略>(集水管の位置)や原告本人の「原告居宅の付近では、舗装やU字溝に変形が生じている」との供述などは、この主張にそうものといえる。
しかし、集水管の位置は、確かに本件仮換地付近に多量の雨水等が流れ込んでくる根拠にはなるが、そのことから直ちに本件仮換地の水浸沈下・不同沈下のおそれを導くことはできず、また、原告の供述は、前示第二、二の認定事実に反し、他に右主張に沿う証拠もなく、前記証拠を直ちに採用することができないというべく、結局、本件仮換地の水浸沈下・不同沈下のおそれの証明はなされていない。
4 原告は液状化現象のおそれも主張するが、その立証が全くなされていない。
二まとめ
1 被告の行った宅地造成工事は、山林を宅地に造成したものであり、宅地造成を伴う区画整理という被告の事業の性質上、仮換地が宅地としての使用に耐えられる性質を有していれば、従前地の山林との間で土質やN値が厳密に一致しなくとも、宅地を取得した区画整理組合員相互間の平等は確保されるのであるから、土地区画整理法所定の照応の原則を充足するものと解するのが相当である。
2 前示一1ないし4によれば、本件仮換地が木造の居宅の敷地として必要な長期許容地耐力を備えていないこと、圧密沈下、水浸沈下、不同沈下又は液状化現象のおそれのあることはいずれも証明されていない。
3 本件について検討すると、右2のとおり、本件仮換地が木造居宅としての使用に耐えられる性質を有していないことは証明されていない。したがって、本件仮換地指定は照応の原則に違反するということはできず、請求原因には理由がない。
第四結論
以上のとおりであるから、原告の請求には理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官大橋英夫 裁判官夏目明徳 裁判官野村朗)
別紙物件目録
一 名古屋市天白区天白町大字植田字三郎廻間一番二四
山林 三九二平方メートル
二 ブロック番号 二九九
地番 一
地積 230.22平方メートル